大阪地方裁判所 昭和23年(行)227号の27 判決 1960年5月30日
原告 藤井善夫
被告 大阪府知事
主文
別紙目録記載の土地につき、
(イ) 大阪市東住吉区農地委員会が昭和二三年四月二六日定めた買収計画ならびに
(ロ) 大阪府農地委員会が昭和二三年六月三〇日原告の訴願を棄却した裁決
を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
「一、大阪市東住吉区農地委員会は、原告所有の別紙目録記載の土地につき、昭和二三年四月二六日(訴状に昭和二三年四月二七日と記載されているのは誤記と認める)自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条第一項第一号該当の不在地主の小作地として買収計画を定めた。原告はこれに対し異議の申立をしたが却下された。原告は更に大阪府農地委員会(本訴提起当時の被告、その後農業委員会法附則3、昭和二九年法律第一八五号農業委員会法の一部を改正する法律附則26により現在は大阪府知事が被告)に訴願したが、昭和二三年六月三〇日訴願を棄却する旨の裁決がなされ、右裁決書は同年一一月二日原告のもとに送達された。
二、しかしながら、右買収計画は次の諸点において違法である。
(一) 本件土地は農地ではなく、かつ小作地ではない。
本件土地は自創法第五条第四号所定の都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する平野土地区画整理組合地区内の土地である。右組合は昭和四年九月二八日設立、同年一二月二日大阪府知事の設立認可をえ、大阪市ならびに大阪府の指導監督の下に都市計画事業の重要施設として道路、公園、広場その他公共施設の新設拡張、土地の分合整地、上下水道、ガス、電気等の文化的設備の整備充実につとめ、昭和一二年各組合員に対し、仮換地指定処分をなし、すでに組合事業も本換地処分を除いて全部完了し、地区内に漸次住宅、工場等相ついで建設せられつつある状態で、右地区は四通八達の道路を中軸として交通機関完備し、宅地としての諸条件を具備する理想的高燥な住宅地帯に一変するに至つた。元来区画整理は前記のように宅地造成が目的で、工事の施行にあたつては道路の設置、上下水道、ガス管等の埋設、土地の分合整理のため、土地は自然荒廃し、耕作者との間に耕作権をめぐつて将来種々の紛争が予想されるので、組合は事業着手前昭和八年九月より昭和一〇年一二月までの間、数度にわたり順次全地域の各耕作者との間に小作関係を終局的に解消する話し合いをしてその妥結をみ、昭和一二年一二月一日限り土地の明渡しを受け、事業を施行して来たので、区画整理地区に関する限り、もはや法律上の小作関係は存在しない。終戦前後の食糧補給のため右地区内の土地に対し、一時的に、そ菜等を裁培するものがあつても、それは暫定的な特異の社会現象で土地本来の用法に基づいたものでなく、ことにこれら使用者はなんら法律上の権限に基づかずして占有しているもので、法律上の賃貸借契約、使用貸借契約またはこれに類する耕作関係はない。以上のごとく本件土地は宅地としての要件、性格を有するものであつて農地ではなくかつ小作地ではない。
(二) 原告は不在地主ではない。
原告は、元、西区南堀江上通一丁目二七番地に居住していたが、昭和一八年一〇月一九日徴用で南方に派遣され、昭和二一年五月三〇日帰還した。これより先、留守家族の妻は昭和二〇年三月戦災にあい、大阪府豊能郡止止呂美村に疎開していたが、終戦後昭和二〇年一〇月二〇日原告の現住所、東住吉区杭全町二三〇番地に移転し、現在に至つている。原告は本件土地以外に当区内に農地を所有していないので、仮に小作関係があつたとしても、保有面積六反にみたないのであるから買収されるべきでない。
(三) 自創法第五条第四号の買収除外指定をなすべき土地である。
右条文は耕作農民の生活の安定と耕作権の確立を主たる目的とする自作農創設事業と都市の将来の膨張に対する市民住宅の予定地確保の必要との調整を規定したものである。本件土地は前記のとおり、すでに住宅としての要件、性格を備えており、周囲は住宅街で大東亜戦争が起らなかつたならば、すでに工場や住宅が建設せられているはずの地区で、食糧事情悪化したため、原告の承諾なくして一時不法耕作する者ができたが、専業農家はほとんどなく、食糧事情の好転した現在では速かに宅地として利用することこそ、それによつて失われるものはきわめて少なく、得る処は大である。したがつて本件土地は同条項の買収除外指定をすべき土地である。
(四) 仮に自創法第五条第四号に当らないとしても、同条第五号により買収除外指定をすべき土地である。
本件土地一帯の状況は前記(一)、(三)にのべたとおりで、大阪市および東住吉区の市民の住宅政策、工場政築その他交通文化等諸般の社会公共の施設の遂行上絶対不可欠の重要地帯である。大阪市東南部における社会公共施設の急速実施を要請せられているのは本件地域であり、本地域を除外して到底他に求めうべくもなく、現に東住吉区に日に月に市民住宅、工場、学校等が相ついて建設せられつつある驚異的発展こそこの事実を如実に裏書するものである。国より農地の売渡を受けた耕作者は農耕を廃し事ある毎に住宅公団、あるいは工場敷地等に高価で売却せんと計画し、もしくはすでに高価で売却し不当の利益を取得し、せつかく国家が自作農を創設した目的に反し、今日一般社会の批判の対象となつていることは顕著な事実で枚挙にいとまがないこれは大阪市のごとく大都市内における土地に対し、農地委員会が大都市の特殊性を無視し、社会公共の福祉という大所より検討することなく、無差別的に買収計画を立てた結果に外ならない。
以上の諸事情を総合考察すれば、東住吉区農地委員会および大阪府農地委員会は本件土地につき、自創法第五条第五号の買収除外指定をなすべき義務があるにかかわらず、買収計画を立てたものである。
(五) 買収計画の対象とする土地が特定していない。
本件土地は前記のとおり、昭和一二年仮換地の指定がなされており、仮換地は旧土地に比べ、その位置、地積に大変動を生じ、一部は他人の仮換地に指定されているので、旧土地台帳記載の地番、地積により表示されている本件買収計画はいかなる土地を買収の対象としたのか、すなわち旧土地なのか、仮換地指定の土地なのか不明である。
(六) 買収計画を定めるには、土地区画整理組合設立認可を取り消して後になすべきである。
平野土地区画整理組合は、都市計画法第一二条第一項に基づき、宅地造成のために設立された公法人に属し、組合のする行為はすなわち、行政行為に外ならない、およそ行政庁が行政処分をなした時、これに相反する行政処分をしよううとする場合は特別規定がない以上、先になした行政処分を取り消さなければできないし、もししたとすれば法律上無効である。自創法中都市計画法に優先すべき規定はなく、また他の法規においても優先すべきものがない以上、土地区画整理を施行する土地につき、自創法による買収計画を定めようとする場合には、先の行政庁の設立認可を適法に取り消した後になすべきである。しかるに本件買収計画にあたつては、土地区画整理組合設立認可の取消処分がなされていない。
三、東住吉区農地委員会がなした本件土地に対する前記買収計画には右のような違法があるので、その取消と、右計画に対する原告の訴願を棄却した大阪府農地委員会の裁決の取消とを求めるものである。
なお、被告は買収計画の取消を求める訴はその処分をした行政庁である東住吉区農地委員会を被告とすべきであるから、大阪府農地委員会に対してこれを求めるのは不適法であると主張するが行政処分に対する訴願の裁決を経た場合には、その行政処分の取消を求めるのに処分庁、裁決庁のいずれを被告としても適法である。」
(証拠省略)
被告訴訟代理人は、本案前の申立として、「本訴中、東住吉区農地委員会がなした買収計画の取消を求める部分は却下する。右の部分に関する訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めその理由として、次のとおり述べた。
「違法な行政処分の取消を求める訴はその処分をした行政庁を被告とすべきものである。故に、東住吉区農地委員会がなした買収計画の取消を求める部分は、右委員会を被告とすべきであるにかかわらず、大阪府農地委員会に対してこれを求めるのは不適法である。」と述べ、
本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。「原告主張一の事実(但し裁決書を原告に交付した日は昭和二三年一一月四日である)ならびに本件土地区画整理組合地区内の土地であることは認めるが、その余の原告主張事実は争う。本件買収計画は昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基づいて定めたそ及買収である。
(一) 原告は本件土地一帯は区画整理が完了し、住宅地帯に一変したというが、土地区画整理事業はわずかに幹線通路の形がいが存することと、一部土地につき仮換地処分がなされた程度で、他にみるべき工事は施行されておらず、旧態依然たる純農地である。別紙目録の士地は桑原栄次郎が大正一四年より賃料反当り二五円の約で賃借していた小作地である。
(二) 原告は不在地主ではないと主張するが、昭和二〇年一一月二三日現在において原告は勿論、その家族も東住吉区杭全町に住所を有していなかつた。
(三) 原告は本件土地は自創法第五条第四号の買収除外指定をすべき土地と主張する。しかしながら同号による大阪府知事の指定はない。この指定はきわめて、近い将来に公用施設又は宅地造成の用地となることの確実な土地に限つてなされるもので、しかもその指定の公正かつ妥当を期すため、府農地委員会の意見を徴し、農林大臣の認可を受けて始めてこれをするのである本件土地の現況は前記のとおりで到底近い将来に公共用施設又は宅地造成の用地となることの確実を期し難い地区で、したがつて知事も買収除外指定をしていないのである。しかのみならず、この指定は知事が行政上の必要に基づいてなす、いわゆる自由裁量処分であるから、たとえその処分が不当であつても、これを違法として取消すことはできない。
(四) 原告は買収計画の公告に買収すべき農地の表示を土地台帳の記載に基づいてなしたのは違法であると主張するが、本件土地については仮換地の指定がなされただけで、本換地はまだなされていないのであるから、右主張は理由がない。仮換地とは予定地番の設定で、換地処分の一つの準備手続にすぎない。知事の認可および告示があつて始めて換地処分は確定し、旧地番によつて表示された土地の権利関係が名実ともに換地に変更するのである。ゆえに買収計画の対象たる土地についてまだ換地処分の確定しない限り、土地台帳記載の地番地積、所有者の表示によつて当該土地を表示するのが当然である。
以上のように本件買収計画および訴願の裁決には原告主張のような違法はないから、原告の請求は理由がない。」
(証拠省略)
理由
一、原告主張一、の事実は裁決書が原告に送達された日の点を除き当事者間に争いがない。
二被告は本訴中、東淀川区農地委員会のなした買収計画の取消を求める部分は被告を誤つたもので不適法であると抗弁するが、本件のように裁決庁が訴願に対する実体につき審理した上、訴願を棄却した場合には裁決庁を被告として裁決の取消を求めるとともにあわせて原処分の取消を求めることも許されるものと解するのが相当である(昭和三三年九月二四日当裁判所判決、行政事件裁判例集第九巻第九号一八三三頁参照)。被告の右抗弁は理由がない。
三、そこで本案につき判断する。
証人西田伝次郎の証言によれば、本件土地に対する買収計画は昭和二〇年一一月二三日現在の事実に基づいて定められたいわゆるそ及買収であることが認められる。成立に争いのない乙第一一号証(本件土地の登記簿謄本)によれば、昭和二一年二月二〇日大阪法務局中野出張所受付第一、〇八九号をもつてなされた昭和一二年二月三日家督相続を原因とする所有権移転の登記に取得者原告の住所として「大阪市西区南堀江上通一丁目二七番地」と記載されているけれども、これは後記認定のとおりの事情によるものであり、また、証人西田伝次郎の証言中の「昭和二〇年一一月二三日現在における原告の住所は東住吉区にはなく、西区南堀江にあつた」旨の証言部分も後記認定の証拠と対比して採用し難く、他に、昭和二〇年一一月二三日現在の原告の住所が東住吉区外にあつたことを認めるに足るべき証拠はない。かえつて、証人中辻辰三、同藤井澄子の各証言と原告本人の供述とを総合すれば、原告は昭和一八年一〇月徴用され、軍属として南方へ派還され、帰還したのは昭和二一年五月三一日であること、原告の妻澄子は夫の徴用後西区南堀江の留守宅に居住していたところ、右家屋は昭和二〇年三月の空襲で焼失し、箕面市下止々呂美の親戚の家に身を寄せていたが、終戦後原告の祖母の命日に当る昭和二〇年一〇月一日に原告所有の家屋で、以前原告の母が住んでいた東住吉区杭全町の家に移転し、その後同所で原告の帰還を迎え、原告一家は今日まで同所に居住していること、前記乙第一一号証の相続登記は原告が帰還する以前に原告の父が原告の名で申請したもので、西区南堀江の家は前記のとおり戦災で焼失していたが、戸籍簿上の本籍がそこにおいてあつたので、登記簿上も西区南堀江を住所と記載して申請したものにすぎないことをそれぞれ認めることができる。
右認定のように、原告は昭和二〇年一一月二三日現在はなお徴用のため海外にいたのであるから、同日現在の原告の住所は留守家族の住所である東住吉区杭全町にあつたものと解すべきである(自創法第四条第二項、第二条第四項、自創法施行令第一条第三号参照)。
そうすると、東住吉区農地委員会が本件土地を昭和二〇年一一月二三日現在における不在地主の小作地として定めた買収計画はすでにこの点においては違法であるので、原告主張のその余の点を判断するまでもなく取り消さるべきであり、したがつて原告の訴願を認容しなかつた大阪府農地委員会の裁決もまた違法である。
四、よつて原告の本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)
(別紙物件目録省略)